30年間、本当の自分を探し続けた僕が気づいたこと
やりたいことが分からないから動けないという人へ。
たぶん、順番が逆です。
僕は長い間「自分は何のために生きるのか?」という答えを探してきました。
- 成功哲学
- 自己啓発
- 心理学
- 脳科学
- 潜在意識
- スピリチュアル
30年以上、いろいろ学んできたので…
「使命」
「天職」
「人生の目的」
「本当の自分」
という言葉にも、何度も出会いました。
そして僕自身、こう思っていました。
「自分の使命が分かれば、迷わず生きられる」
でも今は、少し違う考え方をしています。
もしかすると、使命が見つからないから動けないのではなく、動いていないから、使命が見えてこないのかもしれません。
「正解」を見つけてから動こうとしていた
僕はもともと、かなり考える慎重派な人間で、石橋を叩いて渡るタイプです。
失敗したくない。
遠回りしたくない。
できれば、正解を見つけてから動きたい。
だから…
「自分に向いていることは何だろう?」
「本当にやりたいことは何だろう?」
「これが自分の使命なんだろうか?」
と考える。
そして、答えが出ない。
すると「まだ動くときじゃない」となるわけです。
- もう少し学ぼう
- もう少し考えよう
- もう少し自分を理解してから
そしてまた、本を読む。
……。
いや、いつ出発すんねん(笑)
「自分探し」が、出発しない理由になることがある
もちろん、自分と向き合うことは大切です。
- 何を大切にしたいのか
- どんな人生を生きたいのか
- 何が好きなのか
考える時間は、必要です。
でも、自分探しには、一つ落とし穴があります。
それは「本当の自分が見つかるまで、人生を始められない」と思ってしまうこと。
完璧な答えが出るまで…
- 仕事を変えない
- 発信しない
- 挑戦しない
- 人に会わない
- 新しいことを始めない
すると、考える材料そのものが増えません。
ずっと同じ場所で、同じ情報を使って、同じ自分について考え続ける。
これでは、なかなか答えが変わらないんです。
「好きなこと」は、やる前から分かるとは限らない
たとえば、料理をしたことがない人が「僕の天職は料理人でしょうか?」と一週間考えても、なかなか分かりません。
まず、料理してみる
↓
面白い
↓
もっとやってみる
↓
人に食べてもらう
↓
おいしいと言われる
↓
うれしい
↓
もっと勉強する
↓
そのうち「もしかして、これ好きかも」となる
逆もあります。
憧れて始めたけど「あ、これは見る側でええわ」と分かることもあります(笑)
でも、それも大きな収穫です。
やってみたからこそ、自分のことが一つ分かったことです。
「本当の自分」は、発掘するものなのか?
昔の僕は、どこかに完成された「本当の自分」がいて、それを見つければ、人生の答えが全部分かる。
そんなイメージを持っていたように思います。
地面を掘っていくと「これがあなたの使命です」と書かれた石板でも出てくるような(笑)
でも今は、本当の自分というものは、見つけるだけではなく、つくっていくものでもあると思っています。
- やってみる
- 失敗する
- 意外とできる
- 人に喜ばれる
- 嫌になる
- また別のことを試す
- 続けたいものが残る
そうやって、経験によって輪郭ができていくのです。
「自分とは何者か?」という問いへの答えは、頭の中だけでは完成しないのかもしれません。
33歳で、僕の「人生設計」は一度崩れた
僕自身、33歳のとき、会社が倒産しました。
離婚して、4人の子どもたちとの別離。
住む場所も失いました。
それまで思い描いていた人生は、一度、大きく崩れました。
そんな状態で「あなたの人生の使命は何ですか?」と聞かれても、正直「いや、こっちが聞きたいわ」です(笑)
壮大な答えなんて、ありませんでした。
でも、だからといって、答えが見つかるまで、止まっているわけにもいかない。
- できることをやる
- 目の前の仕事をする
- 人と関わる
- 小さく動く
- また考える
その繰り返しでした。
動いたから、「自分」が見えてきた
再起の過程で、僕はいろいろなことを経験しました。
- うまくいったこと
- うまくいかなかったこと
- 人に喜ばれたこと
- 自分には合わなかったこと
- 続いたこと
- 三日で終わったこと(笑)
その一つ一つが「自分は、こういう人間なんだ」という材料になっていきました。
だから今は、昔ほど「最初から正解を当てなければ」と思わなくなりました。
正解を当ててから、人生を始めるのではない。
人生を生きながら、自分なりの正解をつくっていく。
そんな感覚です。
「向いていること」より「続けてしまうこと」
自分に向いていることを探すとき、僕は、才能だけを見なくていいと思っています。
むしろ…
- 気づくと調べていること
- 頼まれていないのにやってしまうこと
- 人からよく相談されること
- うまくいかなくても、なぜか戻ってしまうこと
- 話し始めると長くなること
こういうところに、ヒントがあります。
たとえば「やめたのに、また戻ってきた」というもの。
これは、結構おもしろいです。
本当に興味がなければ、普通は戻りません。
何度離れても、また気になる。
そこには、自分でもまだ言語化できていない「志の種」があるかもしれません。
使命は「雷」に打たれるように見つかるとは限らない
僕たちは「使命を見つける」というと、ある日突然「これだ!」と雷に打たれたように、すべてが分かる瞬間を想像しがちです。
もちろん、そういう人もいると思います。
でも、少なくとも僕は、そんなにドラマチックではありませんでした。
小さくやってみる
↓
少し手応えがある
↓
もう一度やる
↓
誰かが喜ぶ
↓
自分もうれしい
↓
さらに深める
その繰り返しの中で、
「ああ、自分はこういうことを大切にしたいんだな」と、少しずつ分かってくる。
使命というより、最初は「なんか、こっちな気がする」くらいです。
それで十分だと思っています。
「志」は、最初から完成していなくていい
五つ星成功術では「身 → 脳 → 気 → 心 → 志」という順番を大切にしています。
最後の「志」は、人生の方向を決めるナビです。
でも、ナビだからといって、最初から「最終目的地まで完全に決めなければならない」わけではありません。
東京から大阪へ向かうとき、まず「西へ行こう」くらいでもいい(笑)
進んでみる
↓
景色を見る
↓
人と出会う
↓
こっちじゃないなと分かる
↓
少し方向を変える
志は、一度決めたら絶対に変えてはいけないものではありません。
生きながら、育てていくものです。
「仮の答え」で動いていい
僕が、やりたいことが分からない人に、一つ伝えたいのは、仮決めでいいということです。
「今は、これが気になる」でいい
「半年だけやってみよう」でもいい
「向いてるか分からないけど、試してみよう」でもいい
僕たちは、一度選んだら、一生続けなければいけないような気がして、選べなくなることがあります。
でも、人生の多くは、選んでから修正できます。
選ばなければ、何も分からないままです。
迷っているなら「3つの質問」
もし今…
「何がしたいか分からない」
「自分に向いていることが分からない」
「人生の方向が見えない」
という人がいたら、紙に、次の3つを書いてみてください。
1. 最近、なぜか気になっていることは何?
損得抜きで、つい見てしまうもの。
2. これまで何度やめても、また戻ってきたものは何?
そこには、自分でも気づいていない興味があるかもしれません。
3. それを「小さく試す」としたら、今週何ができる?
- 勉強する
- 一人に話を聞く
- SNSで発信してみる
- 一度体験してみる
- 30分だけやってみる
ポイントは、答えを出すことではありません。
次の材料を取りに行くことです。
行動は「答え」ではなく「質問」でもある
僕は昔、行動とは「正解が分かった人がするもの」だと思っていました。
でも今は、行動そのものが、自分への質問になると思っています。
やってみる
↓
どうだった?
↓
楽しかった
↓
じゃあ、もう少しやる?
↓
やってみる
↓
まだやりたい?
↓
違った
↓
じゃあ、何が違った?
こうやって、人生と対話していく。
考えるだけでは、返ってこなかった答えが、行動すると、返ってくることがあるのです。
「やりたいことが分からない」は悪い状態ではない
そして最後に、これも伝えたいです。
- やりたいことが分からない
- 使命が見つからない
- 人生の方向に迷っている
それは、ダメな状態ではありません。
- まだ、材料が足りていないだけかもしれない
- まだ、経験していないだけかもしれない
- まだ、出会っていないだけかもしれない
だったら、自分を責める必要はありません。
材料を集めに行けばいいのです。
「本当の自分」を探す旅から「自分をつくる旅」へ
30年以上、僕は「どうすれば人生が変わるのか」を探してきました。
そして「本当の自分とは何者なのか」も、ずいぶん考えてきました。
でも今は、答えのない自分も、それほど怖くありません。
- 分からなければ、動けばいい
- 違ったら、戻ればいい
- また選び直せばいい
- 三日坊主でも、また始めればいい
人生は、最初に正解を当てるゲームではありません。
動きながら「これじゃない」を知り「こっちは好きかも」を見つけ、少しずつ、自分の方向をつくっていく。
だから、もし今「やりたいことが見つからないから、動けない」と思っているなら、順番を、一度だけ逆にしてみてください。
やりたいことが見つかったら動く、ではなく、小さく動くから、やりたいことが見えてくる。
本当の自分は、どこか遠くで、あなたに発見されるのを待っているのではなく、今日の小さな選択の中で、少しずつ、つくられているのかもしれません。


