三日坊主になるたび自分を嫌いになった僕が、どん底で気づいたこと
昔の僕は、調子が悪いだけなのに「自分はダメな人間だ」と思っていました。
- 朝、起きられなかった
- 決めたことが続かなかった
- 仕事が思うように進まなかった
- やる気が出なかった
- 人にイライラした
- また三日坊主になった
そんな日があるたび、僕は「今日の調子が悪かった」ではなく「俺という人間がダメなんだ」と考えていました。
今振り返ると、ずいぶん大きな話にしていたと思います(笑)
一日の失敗を「人格」にまで広げていた
たとえば、朝寝坊したとします。
事実は、ただ「予定より遅く起きた」だけです。
ところが、昔の僕の頭の中では、ここから壮大な物語が始まります。
また起きられなかった
↓
やっぱり意志が弱い
↓
こんなんじゃ成功できない
↓
俺は何をやっても続かない
↓
だから人生がうまくいかないんだ
朝寝坊一回から、人生全体まで行く(笑)
今なら「いや、話広げすぎやろ」とツッコめます。
でも、当時は本気でそう思っていました。
三日坊主になるたび、自信を失った
僕はもともと、筋金入りの三日坊主です。
新しいことを始める
↓
今度こそ!」と思う
↓
最初の数日は、かなり頑張る
↓
そして、止まる
↓
すると、また自分を責める
「結局、俺は続かない」
「意志が弱い」
「成功する人間とは違う」
これを何度も繰り返していると、失うのは、習慣だけではありません。
自分への信用まで失っていきます。
「どうせ今回も続かないだろう」と、始める前から、自分を疑うようになるんです。
成功哲学を学んでいたから、余計に苦しかった
僕は30年以上、成功哲学や自己啓発を学んできました。
だから、知識はありました。
- 目標を持つ
- 習慣をつくる
- 思考を前向きにする
- 自分を信じる
- 行動する
- 継続する
全部、知っています。
だからこそ、できない自分を見ると、余計に苦しかった。
「知ってるのに、なんでできへんねん」
知らないなら、まだ言い訳できます。
でも、知っている。
分かっている。
それなのに、できない。
すると、問題は方法ではなく「自分そのもの」にあるような気がしてくるんです。
33歳で、人生そのものまで否定した
そして33歳で、経営していた会社が倒産しました。
離婚。
4人の子どもたちとの別離。
住む場所も失いました。
ここまで来ると、僕の中では、もう「仕事で失敗した」ではありませんでした。
「俺の人生は失敗した」
さらに、そこから「俺という人間が失敗作なんじゃないか」というところまで、考えてしまう。
今なら、会社の経営に失敗したことと、人間としての価値は、別の話だと分かります。
でも、どん底にいると、それを切り分けるのが難しい。
起きた出来事と、自分自身が、全部くっついてしまうんです。
あるとき「状態」という見方をするようになった
人生を立て直していく中で、僕の中に、少しずつ、ある考え方が生まれました。
「自分がダメなんじゃなくて、今の状態が悪いだけなんじゃないか?」
これは、僕にとって、かなり大きな転換でした。
たとえば、スマホのバッテリーが1%になったとします。
- 動作が遅い
- 画面も暗い
- できることが限られる
そこで、スマホに向かって「お前は本当に根性がないな!」とは言いません(笑)
充電します。
PCの動きが重かったら「性格が悪い」とは思わない。
- 不要なアプリを閉じる
- 再起動する
- 容量を空ける
だったら、人間だって、同じように見てもいいんじゃないか。
そう思うようになりました。
「性格」だと思っていたものが「状態」だった
僕は昔、いろいろなことを、性格のせいにしていました。
- 続かない → 意志が弱い
- 行動できない → 根性がない
- 落ち込む → メンタルが弱い
- 迷う → 優柔不断
でも、よく見てみると、違う場合があります。
- 寝不足だから、判断力が落ちている
- 情報を入れすぎて、頭が疲れている
- 人間関係で、エネルギーを消耗している
- 不安が大きくなって、一歩目が怖くなっている
- そもそも、どこへ向かいたいか、分からなくなっている
つまり「自分の欠陥」だと思っていたものが「今の状態」だった。
この違いは、僕にとって、ものすごく大きかったんです。
性格は責めたくなる。でも、状態なら整えられる
「自分は意志が弱い」と思ったら、どうすればいいでしょう。
人格改造でもするしかありません(笑)
でも…
- 「今日は身体が疲れている」なら、休めます。
- 「頭の中が散らかっている」なら、整理できます。
- 「気力が落ちている」なら、エネルギーを奪っているものを減らせます。
- 「心が揺れている」なら、感情を見つめられる。
- 「方向が分からない」なら、立ち止まって考えられる。
状態なら、整えられる。
この発想を持てるようになってから、僕は、少しずつ自分を責める回数が減りました。
「今日はダメな日」があっていい
今でも、もちろん、調子の悪い日はあります。
- やる気が出ない
- 集中できない
- 考えがまとまらない
- なんとなく疲れている
そんな日は、昔なら「こんなんじゃダメだ」と、自分にムチを打っていました。
でも今は、少し違います。
「今日は、どこが疲れてるんやろ?」と考える。
- 身体なのか
- 脳なのか
- 気なのか
- 心なのか
- 志なのか
先日の記事で紹介した「五つ星セルフ診断」も、僕にとっては、単なるチェック方法ではありません。
自分を責める前に、自分を理解するための考え方なんです。
「自分に甘い」と思われるかもしれない
こういう話をすると「それって、自分に甘くないですか?」と思う人もいるかもしれません。
僕も昔なら、そう思ったでしょう。
- 自分に厳しく
- 弱音を吐くな
- できるまでやれ
- それが成功する人間だ
そう思っていました。
でも、自分を責め続けた結果、僕は強くなったか。
少なくとも僕の場合は、逆でした。
- 失敗するたび、自信をなくした。
- 挑戦するのが怖くなった。
- また続かないかもしれないと思うようになった。
自分に厳しくすることと、自分を傷つけることは違う。
ここを、僕は長い間、混同していました。
整えることは、甘やかすことではない
たとえば、車のエンジン警告灯が点いたとします。
そこで「甘えるな!」とアクセルを踏み込む。
これは、強さではありません(笑)
一度止まって点検する。
必要なら、修理する。
そして、また走る。
僕が考える「自分を整える」も同じです。
休み続けることでも、何もしないことでもない。
もう一度走るために、必要なところを整える。
そのための時間です。
僕が欲しかったのは「自分を信じる力」だった
昔の僕は、自信が欲しいと思っていました。
「俺ならできる!」と、心の底から思える自分になりたかった。
でも今は、自信より、もう少し地味なものを大切にしています。
それは、自分への信用です。
今日はできなかった
↓
でも、きっと明日また戻れるだろう
三日坊主になった
↓
でも、四日目からまた始めればいい
落ち込んだ
↓
でも、そのうち整え直せる
転んだ
↓
もう一度、立ち上がればいい
そんなふうに「この人なら、また戻ってくる」と、自分自身に対して思えること。
僕にとって、それが本当の意味での「自分を信じる」に近くなりました。
だから「継続力=戻る力」
以前も書きましたが、僕は今、継続力とは、一度も止まらない力ではなく、戻る力だと思っています。
人生だって、同じです。
ずっと絶好調でいる必要はありません。
- 身体の具合が良くない日もある
- 頭が働かない日もある
- 気力がなくなる日もある
- 心が沈む日もある
- 方向を見失う日もある
大切なのは、そんな自分を見て「やっぱり俺はダメだ」で終わらせないこと。
「あ、今ちょっと崩れてるな」と気づいて、また整える。
それでいいんです。
「七転び八起き人」でありたい
僕は、完璧な人を増やしたいわけではありません。
- 24時間ポジティブ
- 365日継続
- いつも元気
- 絶対に迷わない
- 何があっても折れない
そんな人間、僕には無理です(笑)
僕が増やしたいのは、もっと人間臭い人です。
- 転ぶ
- 落ち込む
- サボる
- 迷う
- 三日坊主にもなる
でも「さて、また整えよか」と言って、立ち上がれる人。
僕は、そんな人を「七転び八起き人(ななころび・やおきびと)」と呼んでいます。
転ばないことを誇るのではなく、立ち上がれることを誇れる人。
僕自身も、そんな人でありたいと思っています。
あなたの価値と「今日の調子」を一緒にしない
もし今日…
- 何もできなかったとしても
- 仕事が進まなかったとしても
- また三日坊主になったとしても
- 落ち込んだとしても…
それを「自分はダメな人間だ」まで広げないでほしいんです。
今日のあなたは…
- 疲れているだけかもしれない
- 頭がいっぱいなだけかもしれない
- エネルギーが切れているだけかもしれない
- 心が傷ついているだけかもしれない
- 方向を見失っているだけかもしれない
それなら、やることは一つです。
自分を責めることではなく、整えること。
僕は、人生のかなり長い間「もっと自分を変えなければ」と思って生きてきました。
でも、どん底から人生を立て直して、今はこう思っています。
変えなければならなかったのは「自分」という人間そのものではなく、自分の「状態」だったのかもしれない。
あなたは、足りなかったのではない。
ダメだったのでもない。
ただ、少し整っていなかっただけ。
だから、調子の悪い日に、人生の結論を出さないでください。
そんな日は、こう言えばいい。
「今日はダメだ」ではなく「今日は整える日だ」と。
そして、また明日、戻ってくればいい。
それを何度でも繰り返せる人は、僕は十分強い人だと思っています。


