短い言葉は遠くまで飛ぶ。でも、長い言葉は誰かの隣まで歩いていける

目次

無口だった僕が、なぜ今こんなに長い文章を書くのか

僕の文章は長いです。自覚していますし「意図的」ですらあります。

たぶん皆さんも「宮本、今日も長いな」と思っているでしょう(笑)

でも僕は、昔から長文を書く人間だったわけではありません。

むしろ、言葉を外へ出すこと自体が、苦手な人間でした。

無口だった僕には「あとから言いたいこと」が山ほどあった

僕は昔から…

  • 無口
  • 人見知り
  • 引っ込み思案

会話も得意ではありませんでした。

何人かで話していても、その場ですぐ言葉が出てこない。

誰かに何か聞かれて「あ、はい」くらいで終わってしまう。

そして、家に帰ってから思う。

「あれ、こう言えばよかったな……」

でも、もう、時すでに遅し(笑)

会話は、もう終わっています。

頭の中では、ちゃんとしゃべっている

これ、無口な人なら、少しわかってもらえるかもしれません。

口からは、あまり言葉が出ていない。

でも、頭の中では、めちゃくちゃしゃべっています(笑)

「それ、ちょっと違う気がする」
「本当はこう思ってる」
「あの人、さっき寂しそうだったな」
「こう言えば伝わったかな」

いろいろ考えている。

でも、その場では、うまく言葉にならないんです。

文章には「ちょっと待って」がある

そんな僕にとって、文章は少し違いました。

会話なら、相手が待っています。

沈黙が長くなると、焦る。

「何か言わなあかん」となる。

そして、ますます何も出てこない(笑)

でも文章なら、待ってもらえます。

書いて「違うな」と思ったら…

  • 消せる
  • 考え直せる
  • 一晩置くこともできる
  • 言葉を探せる

僕にとって文章は「ちょっと待って。ちゃんと考えてから伝えさせて」が許される場所だったんです。

だから、文章では少しだけ話せた

面白いもので、口では言えないことも、文章なら書けることがありました。

  • 感謝
  • 悔しかったこと
  • 本当は傷ついていたこと
  • 誰かに伝えたかったこと
  • 自分でも、まだ整理できていないこと
  • 好きな人に贈るラブレター(笑)

書いているうちに「ああ、俺はこう思ってたんや」と、自分の気持ちに気づくことさえありました。

僕にとって文章は「表現」より「発見」だった

文章を書くというと、頭の中に完成した考えがあって、それを文字にするイメージがあります。

でも僕は、逆のことも多いです。

書きながら、自分が何を考えているのか知る。

一行書く

いや、違うな、と消す

また書く

すると、その奥から、別の言葉が出てくるんです。

だから文章は、自分を表現する道具であると同時に「自分を発見する道具」でもありました。

33歳で、言葉の意味が変わった

そして33歳の頃、経営していた会社が倒産しました。

離婚し、4人の子どもたちとも離れ、住む場所まで失い、ホームレスになりました。

それまで、いろいろ勉強していました。

  • 成功哲学
  • 自己啓発
  • マーケティング
  • ビジネス

知識は、それなりにあったと思います。

でも、人生が本当に焼け野原になったとき、知識を持っていることと、生き直せることは、まったく別モノでした。

「紙とペンだけで稼ぎ始める力」

その頃、メンターである神田昌典氏から、授かった言葉があります。

「焼け野原に立たされたとしても、翌日には紙とペンだけで稼ぎ始める力」

僕にとって、この言葉はめちゃくちゃ大きかったです。

  • 会社がなくても
  • 肩書きがなくても
  • お金がなくても…

言葉を使って、誰かの役に立つことはできる。

紙とペンから、もう一度始められる。

そこから、「書く」ということの意味が、僕の中で少しずつ変わっていきました。

文章は「格好いいことを書く場所」ではなかった

昔は、文章を書くなら…

  • 賢いことを書かなければ
  • 専門家らしく書かなければ
  • いいことを言わなければ

そんな意識もありました。

でも、人生でいろいろ失敗すると、格好つける材料が、だんだんなくなります(笑)

  • 会社を潰した
  • 離婚した
  • ホームレスになった
  • 三日坊主
  • 無口
  • 人見知り
  • 引っ込み思案
  • あがり症

隠したいことを全部隠したら「俺、書けること何があるねん」となります(笑)

だから、失敗も文章にするようになった

うまくいったことだけではなく…

  • 失敗したこと
  • 勘違いしていたこと
  • 恥ずかしかったこと
  • できなかったこと

そこも書くようになりました。

すると、不思議なことが起こりました。

完璧な話より、失敗した話のほうに反応をもらうことが多いんです。

「自分も同じです」
「ちょうど今、そこで悩んでいました」
「少し気持ちが楽になりました」

そんな言葉をいただくのです。

「弱みを見せれば共感される」という話ではない

ここは、少し違います。

失敗談を書けばいい。

恥ずかしい過去を公開すればいい。

そんなテクニックの話ではありません。

僕が大切だと思うのは、その経験を通って「今の自分は何を見ているのか」です。

傷を見せることが目的ではありません。

その傷から、誰かに渡せる言葉があるなら書く。

僕自身、そうありたいと思っています。

僕の文章が長くなった理由

ここまで読んで「で、なんで長文になったん?」と思いましたよね(笑)

たぶん、理由はいくつかあります。

一番大きいのは、言葉を省略して誤解されたくないからだと思います。

たとえば「努力は必要ない」と一言だけ書けば、強いコピーになります。

でも僕が本当に言いたいのが「努力そのものを否定しているのではなく、努力する前に状態を整えることが大切」なら、そこまで書きたいわけです。

短くすると「強く」なる。でも「雑」になることもある

SNSでは、短い言葉が強いです。

これは事実だと思います。

  • 断言
  • 極論
  • 短いフレーズ

これらは目に止まりやすいですし、僕も使います。

でも、人間や人生の話は、一言では切れないことがあります。

「継続できないのは甘え」だけでは、こぼれ落ちる人がいる。
「頑張れば成功する」だけでも、こぼれ落ちる人がいる。

人生は140文字にきれいに収まるほど、単純ではありません。

「正論」に傷ついた経験があるからかもしれない

僕自身、どん底にいた頃、正しい言葉が、しんどく感じることがありました。

「前向きに」
「行動しよう」
「諦めなければ夢は叶う」

間違ってはいません。

でも、立ち上がれないときに、立てと言われても、立てない。

そんなとき、もう一言、こんな言葉が欲しかったのかもしれません。

「立てない日もあるよな」と。

たった一文増えるだけで、言葉の温度は変わる

「頑張れ」だけなら、背中を押す言葉。

でも「今日は頑張れないなら休んでもいい。また明日からやろう」まで書けば、意味が少し変わります。

文字数は増えます。

でも、その数十文字で救われる人がいるかもしれない。

だから僕は、短くすることより、必要な言葉を置き忘れないことを選びたいんです。

もちろん、僕の文章にも「無職の一文」はいる(笑)

先日の投稿では、文章の中に、仕事をしていない「無職の一文」はありませんか?という話を書きました。

もちろん、僕の文章の中にもいます(笑)

書いている本人は、全部必要に見えます。

だから、あとから削ります。

  • 同じことを言っていないか
  • 自分を守るための説明になっていないか
  • 読者に必要ない話ではないか

そこは、できるだけちゃんと見直すようにしています。

でも「長いから」という理由だけでは削らない

僕が残したいのは…

  • 読者が理解するための一文
  • 景色を見るための一文
  • 気持ちを置いていかないための一文
  • 次へ進むための一文

そして、書き手である僕自身が「ここを消したら、僕が言いたかったことと違う」と思う一文です。

AI時代だから、なおさら長く考えてもいい

AIなら、長い文章を、数秒で短くできます。

要点もまとめられるし、読みやすくもできます。

だから、人間まで最初から、要約された状態で考える必要はないと思っています。

最初は…

  • 長くていい
  • 迷っていい
  • 回り道していい

まずは全部書いてみる。

そこから、AIにも手伝ってもらいながら…

  • 削る
  • 残す
  • 足す

そして最後に、自分が本当に言いたかった形へ近づけるわけです。

「長文を書く人」になりたいわけではない

僕は、長文そのものを、正義だとは思っていません。

短く伝わるなら、短いほうがいい。

一言で届くなら、一言でいい。

でも、100文字では届かないものを「SNSだから」という理由だけで、100文字に押し込めたくありません。

1000文字必要なら、1000文字書く。

3000文字必要なら、3000文字書く。

基準は、長いか短いかではなく、届くかどうかです。

無口だった僕が、今は長文を書いている

考えると、ちょっと面白いです。

昔は、言葉が出なかった。

今は「宮本、長い」と言われる(笑)

人間、変わるものです。

でも、もしかすると、根っこは同じなのかもしれません。

昔から、言いたいことがなかったわけではない。

言葉にするまで、少し時間が必要だった。

文章は、その時間を、僕にくれました。

だから今、もしあなたが「自分は話すのが苦手だから発信に向いていない」と思っているなら、必ずしも、そうとは限りません。

その場ですぐ言葉が出ない人だからこそ、時間をかけて、見つけられる言葉もあります。

話せないことと、伝えられないことは、同じではありません。

そして、あなたの言葉が少し長くなったとしても、それが、誰かを置いていかないために必要な長さなら、僕は、無理に削らなくてもいいと思っています。

短い言葉が、遠くまで飛ぶこともある。

でも、長い言葉だからこそ、誰かの隣まで歩いていけることもある。

僕が長文を書く理由は、たぶん、そこにあります。

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