23社の原稿を見てわかった。AI時代に必要なのは「上手い文章」ではなく「その人の指紋」が残る文章
「宮本さん、AIでかなり整えてきました」・・・と、クライアントがAIで「きれいに整えた原稿」を、僕は添削でわざと崩すことがあります。
現在、僕は23社のマーケティングやコピーライティングに関わっています。
最近は当然、クライアント側でも生成AIを使う機会が増えました。
- LP
- メルマガ
- SNS
- 企画書
- 電子書籍
原稿をいただいたとき「ChatGPTで一度きれいに整えてあります」と言われることもあります。
実際、読むと、きれいなんです。
- 誤字も少ない
- 論理も通っている
- 見出しもある
- 結論もわかりやすい
以前なら、ここまで整えるだけでも、かなり時間がかかったでしょう。
ところが僕は、そこから、せっかく整った文章を「崩し始める」ことがあります。
「えっ、せっかくAIで整えたのに?」
と思いますよね(笑)
もちろん、意味もなく崩しているわけではありません。
僕が最初に見るのは、文章が上手いかどうかではなく「この文章から、この人が見えるか?」です。
たとえば、こんな文章があったとします。
「継続するためには、無理のない目標設定が重要です。最初から完璧を目指すのではなく、小さな行動を積み重ねることで、長期的な成果につながります」
正しいし、読みやすいし、反論もしにくいです。
でも、僕ならこう聞きたくなるんです。
「これ、あなたじゃないと書けませんか?」
名前を入れ替えても成立する文章
試しに、その文章の発信者名を消してみます。
- 経営コンサルタント
- トレーナー
- コーチ
- マーケター
- AI
誰の名前を入れても、だいたい成立してしまう。
これが、僕がAI原稿を見るときに警戒するポイントの一つです。
文章が間違っているわけではない。
むしろ、正しすぎる。
正しいからこそ、書き手の輪郭が消えている場合が多いのです。
そこで僕は「その話、いつ実感しました?」と聞く
「小さな行動が大切です」と書いてあったら、僕は「そう思うようになった出来事ってあります?」と聞きます。
すると、急に話が変わることがあります。
「実は以前、毎日ブログを書くと決めて、4日目で止まったんです」
「そのあと週3回にしたら、逆に半年続きました」
「4日目の夜、PCを開いたまま何も書けなくて……」
出てきた、出てきた(笑)
僕がほしいのはこっちなんです。
僕なら、その「4日目」を原稿へ戻す
AIが「継続には無理のない目標設定が重要です」ときれいにまとめた文章。
そこへ、人間側の材料を戻します。
たとえば、こんな感じです。
毎日ブログを書くと宣言した僕は、4日目で止まりました。
三日坊主どころか、一日だけ余計に頑張った「四日坊主」です(笑)
ところが、毎日を諦めて週3回にしたら、半年続いた。
そこで初めて気づきました。
継続に必要だったのは、根性を増やすことではなく、続けられる設計に変えることだったんです。
言っていることは、ほぼ同じです。
でも、ここには「人」が見えるんです。
AIは「要約」が上手い。だから消えるものもある
生成AIは、情報を整理するのが非常に上手です。
- 長い話から、重要なポイントを抜き出す。
- 重複を消す。
- 論理を整える。
- 短くまとめる。
これは、ものすごく便利です。
ただ、マーケティング文章では、一見すると「余計」に見えるものが、重要なことがあります。
- 言い淀み
- 失敗
- 具体的な数字
- 恥ずかしかった話
- そのとき口から出た一言
- なんでやねんと思った瞬間(笑)
こういうものまで、きれいに掃除すると、情報は残っても、そこから「人間」が消えるのです。
23社の現場で僕が拾うのは「余計な一言」
クライアントと話していると、本題ではないところで、ポロッと面白いことを言う人がいます。
「いや、あのとき本当に胃が痛かったんですよ」
「妻から、また始まったって言われまして(笑)」
「実は最初のお客さん、母親だったんです」
「もう、この仕事辞めようと思ってました」
こういう一言が出た瞬間、僕の中では「それ、原稿に使えます」となる。
本人からすると、どうでもいい話だったりするんです。
でも、読者にとっては、そこが一番記憶に残ったりするんです。
なぜ「余計な一言」が強いのか
理由はシンプルです。
具体的だからです。
「大変でした」より「夜中の2時に通帳を見ていました」のほうが見える。
「緊張しました」より「登壇前にトイレへ3回行きました」のほうが伝わる。
「売れませんでした」より「販売初日、申し込み通知がゼロのまま23時59分になりました」のほうが、その人の景色が浮かぶ。
文章は、抽象的になるほど、多くの人に当てはまります。
でも、多くの人に当てはまるほど、誰の記憶にも残らない場合が多いんです。
僕自身のプロフィールも同じです
僕が「困難を乗り越えて再起しました」とだけ書いたら、どうでしょう。
間違いではありません。
でも、そこには何も見えません。
- 会社倒産
- 離婚
- 4人の子どもとの別離
- 33歳でホームレス
- そこから約2年で経営者へ再起
ここまで具体的になると、初めて「何があったんだ?」と思ってもらえる。
さらに、神田昌典氏から授かった「焼け野原に立たされたとしても、翌日には紙とペンだけで稼ぎ始める力」という一言が入ると、物語に、そのときの僕の人生が戻ってきます。
AIに任せる工程、人間が戻す工程
だから僕は、AIを使うとき、こんな役割分担を意識しています。
AIには…
- 整理してもらう
- 構成する
- 比較する
- 要約する
- 別案を出す
- 読みやすくする
一方で人間は…
- 汚す
- 体験を入れる
- 失敗を戻す
- 具体的な場面を入れる
- 自分の口調にする
- 違和感を残す
- ちょっと笑える一言を戻す
「汚す」というと、聞こえは悪いですが(笑)僕が言いたいのは、整いすぎた文章に、人間の指紋を戻すということです。
添削で削るのに、わざわざ足すこともある
普通「添削」というと、余計な文章を削るイメージがあります。
もちろん、僕も削ります。
- 長すぎる説明
- 重複
- 専門用語
- 言い訳
- 自己満足の文章
でも、逆に足すこともああります。
「そのとき、何時でした?」
「誰がそこにいました?」
「何と言われたんですか?」
「本音ではどう思ったんです?」
「一番恥ずかしかったところは?」
こういう質問をして、原稿に「現場」を戻していくのです。
AI時代の添削は「間違い探し」ではなくなる
AIが普及する前は、文章を整えること自体に、かなり価値がありました。
- 誤字を直す
- 構成を整える
- 読みやすくする
- 言い換える
もちろん今も必要です。
でも、この領域はAIがかなり得意になりました。
だからコピーライター側も、役割が変わっていくと思っています。
僕がますます重要になると思うのは「その人の中にある、まだ文章になっていないものを見つけること」です。
コピーライターは「書く人」だけではなく「掘る人」になる
僕は、これからのコピーライターは、文章を書く技術だけでは足りなくなると思っています。
- 質問する
- 聞く
- 観察する
- 違和感を拾う
その人が「こんなの関係ないでしょう」と思っている話の中から、価値を見つける。
つまり、書く人である前に「掘る人」なのかもしれません。
先日書いた「素材」の正体
先日の投稿では、AI時代に重要なのは「AIにしか書けない文章」を目指すことではなく、AIには持てない素材を、人間側から渡すことだと書きました。
その素材は、遠くへ探しに行く必要はありません。
あなたが…
・失敗したこと
・恥ずかしかったこと
・お客様から言われたこと
・現場で驚いたこと
・昔は間違えていたこと
・ずっと忘れられない一言
そこにあります。
問題は、本人にとっては、あまりにも普通すぎて、価値に気づいていないことです。
「AIっぽさ」を消すために、語尾を変える前に
最近「AIっぽい文章を消したい」という話をよく聞きます。
そこで…
- 語尾を変える
- 記号を減らす
- 表現をくだけさせる
など、もちろん、それらも一つの方法です。
でも、僕なら先に、文章へ一つ質問します。
「この中に、あなたしか知らない事実はいくつありますか?」
ゼロなら、どれだけ語尾を変えても、まだ誰かの文章に見えるかもしれません。
逆に、本物の体験が入っていれば、多少AIで整えても、その人の文章として立ち上がってくるのです。
AIで100点に整える前に、一度80点まで「汚して」みる
- 文章が、きれいすぎる
- 正しすぎる
- 優等生すぎる
そんなとき、あえて一つ、人間くさい材料を入れてみる。
- 失敗談
- 会話
- 数字
- 感情
- ちょっと格好悪い本音
そして、もう一度AIに整えてもらう。
この往復をすると、AIは「代筆者」ではなく、優秀な編集者になってくれます。
僕がAIで整えられた原稿を、わざわざ崩すのは、文章を下手にしたいからではありません。
上手い文章より「この人からしか出てこない文章」にしたいからです。
文章には、少しくらい傷があっていい。
少しくらい癖があっていい。
そこに、その人が生きてきた跡が残っているなら…
あなたが今日AIで整えたその文章、名前を消しても成立してしまうなら、最後に一つだけ「自分の指紋」を戻してみませんか?


