成功しなければ価値がないと思っていた僕が、すべてを失って気づいたこと
僕は長い間「何者かにならなければ」と思って生きてきました。
- 成功者になりたい
- 経営者として認められたい
- 人から尊敬されたい
- もっと成長したい
- もっと結果を出したい
- もっと立派な人間になりたい
30年以上、成功哲学や自己啓発を学んできた僕は、いつも何かを追いかけていました。
もちろん、向上心があることは素晴らしいと思います。
ただ、今振り返ると、僕の中にはもう一つ、別の気持ちがあったように思います。
「何者かになれなければ、自分には価値がない」という気持ちです。
これが、なかなか厄介でした。
成功したかったのか、認められたかったのか
僕は昔から、成功者の話が好きでした。
- 苦労を乗り越えて大きな成果を出した人
- ゼロから会社を育てた人
- 逆境を跳ね返した人
そんな話を読むたびに「自分も、いつかこうなりたい」と思っていました。
そして…
- 勉強する
- 努力する
- 挑戦する
でも、結果が出ないと落ち込む。
誰かが成功したという話を聞くと焦る。
自分より若い人が活躍していると、さらに焦る。
しまいには「あの人はあんなに成功しているのに、俺は何をやってるんや……」となる(笑)
今なら分かります。
僕は成功したかったです。
でも、それと同じくらい、成功することで、自分の価値を証明したかったのかもしれません。
「もっと頑張れ」という気持ちが止まらなくなる
自分の価値を成果で証明しようとすると、困ったことが起こります。
どれだけ頑張っても、終わりがないんです。
一つ目標を達成するとうれしい。
でも、すぐに次の目標が見えてくるんです。
「あの人はもっと上だ」
「まだまだ足りない」
「こんなところで満足してはいけない」
そして、また走る。
もちろん、目標を更新すること自体は悪くありません。
でも、僕の場合は、どこかで「今の自分ではダメだから、もっと上へ行かなければ」という気持ちが混ざっていました。
だから…
- なかなか自分に合格点を出せない
- 頑張っても、まだ足りない
- 結果を出しても、まだ足りない
- 休んでいると、罪悪感がある
- 何もしていない時間が、もったいなく感じる
まるで、自分自身に雇われたブラック企業の社員です。
しかも、社長も僕。
労働基準監督署に相談したら、社長室に案内されそうです(笑)
33歳で、肩書きが消えた
そんな僕の人生が大きく変わったのが、33歳のときでした。
僕が経営していた会社が倒産しました。
離婚しました。
4人の子どもたちとも離れることになりました。
そして、住む場所まで失いました。
それまで僕は…
「経営者として成功したい」
「社会的に認められたい」
「家族を幸せにしたい」
そんな思いを抱いていました。
でも、そのときは、思い描いていた人生が大きく崩れてしまいました。
- 会社の社長という肩書きもない
- 人に誇れる実績も、目の前にはない
- 住む場所さえない
そして、僕の中に残ったのは「何者でもなくなった自分」でした。
正直、苦しかったです。
会社を失ったことも、家族と離れたことも、住む場所を失ったことも。
もちろん、苦しかったです。
でも、それと同じくらい「そんな自分を、自分自身がどう見ているか」という問題がありました。
一番厳しかったのは、自分の採点だった
失敗した
↓
だから、ダメな人間だ
会社を守れなかった
↓
だから、価値がない
家族と離れることになった
↓
だから、人生の落第者だ
そんなふうに、出来事と自分自身を結びつけてしまう。
もちろん、失敗には責任があります。
反省すべきこともあります。
向き合わなければならない現実もあります。
でも、僕はそこからさらに一歩進んで「失敗した自分には、人間としての価値がない」というところまで、自分を追い込んでいたように思います。
これが、苦しかったんです。
失敗を反省することと、自分という人間を全否定すること。
この二つは、まったく違うはずなのに、当時の僕は、その区別がうまくできませんでした。
「成功すれば自信がつく」と思っていた
昔の僕は…
- 成功すれば、自信がつく
- お金があれば、安心できる
- 肩書きがあれば、認められる
- 人より優れていれば、自分を好きになれる
そんなふうに考えていたところがあります。
だから、何かを失うと、自信まで失う。
結果が出ないと、自分の価値まで下がったように感じる。
他人に評価されないと、自分で自分を評価できなくなる。
つまり、自分の価値を、自分の外側に預けていたんです。
これは、なかなか不安定です。
だって、仕事も、お金も、肩書きも、他人の評価も、変わることがあるからです。
昨日まで社長だった人が、今日から社長ではなくなることもある。
昨日まで順調だった仕事が、突然うまくいかなくなることもある。
そんなとき、自分の価値まで一緒に消えてしまうとしたら。人生は、あまりにも苦しくなります。
「何者かになる」前に、今日を生きる
どん底から人生を立て直す過程で、僕が少しずつ学んだことがあります。
それは「立派な自分になってから、人生を始める必要はない」ということです。
当時の僕には、大きな肩書きも、華やかな実績もありませんでした。
でも、今日できることはありました。
目の前の仕事に向き合う
↓
できることを一つやる
↓
昨日より少し前へ進む
↓
自分の失敗から学ぶ
↓
そして、また明日を迎える
そうやって、小さな一日を積み重ねていきました。
もちろん、最初から前向きだったわけではありません。
落ち込むこともありますし、焦ることもありますし、自分を責めることもあります
それでも「今の自分にできることを、一つやろう」と考える。
そんな日々の積み重ねが、結果として、約2年後の経営者としての再起につながりました。
自分を認めることと、甘やかすことは違う
ここで、一つ誤解してほしくないことがあります。
「今の自分を認めよう」というと「じゃあ、努力しなくてもいいんですね」と思う人がいるかもしれません。
でも、僕はそうは思っていません。
- 成長したいなら、努力すればいい
- 目標があるなら、挑戦すればいい
- 失敗したなら、反省すればいい
- 改善できることがあるなら、改善すればいい
ただし「今の自分を否定しなければ、成長できない」という考え方は、手放してもいいと思っています。
たとえば、子どもが自転車の練習をしているとします。
転ぶ
↓
うまく乗れない
↓
また転ぶ
そんなとき「お前は自転車にも乗れない、価値のない人間だ!」とは、普通言いませんよね。
「大丈夫。もう一回やってみよう」と言うと思います。
ところが、自分自身に対しては、平気でひどい言葉を使うことがあります。
「なんでこんなこともできないんだ」
「本当にダメな人間だ」
「どうせ自分なんて」
……。
自分にだけ、指導が昭和のスパルタ鬼コーチなんです(笑)
でも、少し考えてみてください。
あなたが大切にしている人に、同じ言葉をかけるでしょうか。
かけないなら、自分にも、かけなくていいのかもしれません。
「今の自分でいい」と「このままでいい」は違う
僕は、この二つを分けて考えています。
「今の自分でいい」というのは、今の自分にも、尊重される価値があるということ。
一方「このままでいい」というのは、今の状態を変える必要がないということ。
似ているようで、違います。
- 今の自分を認めながら、変わることはできます
- 今の自分を大切にしながら、成長することもできます
- 今の自分に価値を感じながら、新しい目標に挑戦することもできます
むしろ、僕は今、自分を敵にしたまま頑張るより、自分を味方にして頑張るほうが、長く歩けると思っています。
失敗したときに「だからお前はダメなんだ」ではなく「うまくいかなかったな。じゃあ、次はどうしようか」と自分に聞く。
疲れたときに「根性が足りない」ではなく「少し休んで、またやろう」と自分に声をかける。
結果が出ないときに「自分には価値がない」ではなく「まだ途中なんだな」と考える。
それだけでも、ずいぶん違います。
成功を目指す理由が変わった
昔の僕は「価値のある人間になるために、成功したい」と思っていたところがあります。
でも今は、少し違います。
- 自分の人生を、もっと良くしたい
- 大切な人たちに、もっと良いものを届けたい
- 学んできたことを、誰かの役に立てたい
- まだ経験していないことに、挑戦したい
そのために、成長し、そのために、成果を出したいと思っています。
つまり、自分の価値を証明するための成功から、自分の可能性を活かすための成功へ…
そんなふうに、成功を目指す理由が変わってきたように思います。
もちろん、今でも人から褒められたらうれしいです。
評価されたら、うれしいですし、結果が出たら、やっぱりうれしい。
そこは、普通の人間です(笑)
ただ、それがなければ自分には価値がないとは思わなくなりました。
ここは、僕にとって大きな変化でした。
五つ星を整えるのは「別人になるため」ではない
僕が五つ星成功術で大切にしているのは「身 → 脳 → 気 → 心 → 志」を整えることです。
でも、これは「今のあなたはダメだから、完璧な人間になりましょう」という話ではありません。
- 身体を整える
- 頭の中を整える
- エネルギーを整える
- 感情との付き合い方を整える
- 人生の方向を整える
それは、別人になるためではなく、自分が持っている力を、少しずつ使えるようにするためです。
何かを足して、別の誰かになる必要はありません。
誰かと比較して、勝たなければならないわけでもありません。
- 昨日より、少し身体が楽になった
- 昨日より、少し頭がクリアになった
- 昨日より、少し気持ちが落ち着いた
- 昨日より、少し自分の進みたい方向が見えた
それだけでも、立派な前進です。
「何者か」になれない日にも、人生はある
僕は長い間…
「いつか成功したら」
「いつか結果が出たら」
「いつか認められたら」
そのとき初めて、自分の人生が始まるような気がしていました。
でも、よく考えたら…
- 成功するまでの毎日も「人生」です
- 失敗している日も「人生」です
- 何もできなかった日も「人生」です
- 休んでいる日も「人生」です
- 三日坊主になった日も「人生」です(笑)
そして、その一日一日を生きているのは、未来の立派な自分ではなく、今ここにいる自分です。
その自分を、ずっと否定し続けるのは、あまりにも寂しいとは思いませんか?
成功した未来の自分だけを大切にするのではなく、まだ途中の自分も大切にしてあげたい。
僕はそのように思っています。
今日は「何者でもない自分」に合格点を出してみる
もし今…
「自分は何者にもなれていない」
「人に誇れる実績がない」
「周りと比べて、遅れている」
そんなふうに感じている人がいたら。一つだけ、試してみてほしいことがあります。
今日の終わりに「成果とは関係なく、今日の自分を認めてあげたいこと」を一つ書いてみてください。
- 朝、起きられた
- 仕事へ行った
- 誰かに優しくできた
- 嫌なことを一つ断れた
- 疲れていたから、ちゃんと休んだ
- 失敗したけど、投げ出さなかった
- 何もできなかったけど、今日を生きた
何でもいいです。
大きな成果でなくていい。
誰かに褒められることでなくていい。
自分だけが知っている小さなことでもいい。
それを、一つ認めてあげる。
僕は、そんな習慣も、自分を整える大切な一歩だと思っています。
成功してから、自分を好きになるのではなく…
30年以上、成功について学んできました。
そして、33歳で会社も、家庭も、住む場所も失いました。
そこから約2年かけて、経営者として再起しました。
そんな経験をしてきた僕が、今思うことがあります。
人生を変えるために、努力することは大切です。
学ぶことも大切です。
挑戦することも大切です。
でも、自分を嫌いになることまで、努力の条件にしなくていいということです。
何者かになりたい
↓
それでいい
成功したい
↓
それもいい
もっと成長したい
↓
素晴らしいことだと思います
ただ、その途中で、今の自分を置き去りにしないでほしいんです。
- 結果が出る前の自分にも、価値がある
- 失敗した自分にも、尊重される価値がある
- まだ何者にもなれていないと感じる自分にも、今日を生きる価値がある
僕は、そう思っています。
昔の僕は「何者かになれたら、自分を認めよう」と思っていました。
でも今は、順番を逆にしています。
「今の自分を認めながら、なりたい自分へ進んでいこう」と。
成功は、自分の価値を証明するための試験ではありません。
自分の可能性を、少しずつ広げていく旅なのだと思います。
だから、今日の自分に、こう言ってあげてください。
「まだ途中やけど、ようやってるやん」
そして、明日もまた、少しずつ進めばいい。
何者かになる前のあなたも、すでに大切な一人の人間なのです。


