筋金入りの三日坊主だった僕が、どん底から学んだこと
僕は「継続の鬼」ではありません。何度も逃げて、何度もやめてきました。
今の僕だけを見ている人からは「宮本さんは継続力がありますね」と言われることがあります。
- 毎日文章を書く
- 情報発信を続ける
- 学び続ける
仕事でも、決めたことを淡々と積み重ねる。
そういう部分だけを見ると、昔から継続力のある人間だったように見えるかもしれません。
でも、全然違います。
むしろ僕は、筋金入りの三日坊主でした。
「今度こそ」は、何度言ったか分からない
新しいことを始めるたび、僕は燃えます。
「よし、やるぞ!」
「今度こそ変わる!」
「これを毎日続ける!」
最初は本気です。
手帳に計画を書き、ルールを作り、場合によっては道具まで揃える。
ここまでは完璧。
問題は、そのあとです(笑)
- 仕事が忙しくなる
- 予定が狂う
- 疲れる
- 一日できなくなる
すると「今日は仕方ない」
翌日も「明日から戻そう」
そして気づけば、その習慣そのものが、なかったことになっている。
そんな経験を何度もしてきました。
続かなかったことより、自己嫌悪が苦しかった
昔の僕にとって、三日坊主になることは、単に習慣が途切れることではありませんでした。
「また続かなかった」
↓
「俺は意志が弱い」
↓
「こんなこともできない人間が成功できるわけがない」
いつの間にか、一つの習慣の失敗が、人格の否定にまで発展する。
これが苦しかった。
運動が3日続かなかっただけなのに、気づけば人生そのものを反省している(笑)
今なら「話、大きくなりすぎやろ」と思えます。
でも当時は本気でした。
成功哲学を学ぶほど、苦しくなることもあった
僕は30年以上、成功哲学や自己啓発を学んできました。
そこには…
「成功者は継続する」
「成功するまで諦めない」
「決めたことをやり抜く」
という教えがたくさんあります。
どれも間違っていないと思います。
問題は、僕がその言葉を、自分を励ますためではなく、自分を裁くために使っていたこと。
続かなかった自分を見て「だから俺はダメなんだ」と証明する材料にしていた。
成功するために学んだ言葉で、成功できない自分を責めていたんです。
皮肉ですよね。
人生そのものが止まった
そして33歳。
会社が倒産しました。
離婚し、4人の子どもたちと離れ、最後には住む場所まで失いました。
習慣どころではありません。
人生そのものが、一度止まりました。
それまで積み上げてきたものが崩れて「もう一度やろう」と思うこと自体が怖くなる。
なぜなら、また失敗するかもしれないからです。
挑戦しなければ、失敗もしない。
期待しなければ、傷つかない。
人間は一度大きく転ぶと、立ち上がることより、もう転ばないことを優先したくなる。
僕にも、そんな時期がありました。
それでも、人生には「再開ボタン」があった
でも、ずっと止まっているわけにもいきません。
ある日突然、強烈なモチベーションが湧いたわけではありません。
「人生を取り戻すぞ!」と叫んだわけでもない。
本当に小さなことから、また始めました。
- できる仕事をする
- 生活を整える
- 身体を動かす
- 今日やることを一つ終わらせる
できない日もありました。
また止まることもありました。
でも、以前と少し違ったことがあります。
止まったら、また始めた。
ただ、それだけです。
「続ける人」になろうとするのをやめた
ここから、僕の継続に対する考え方が変わっていきました。
昔は「絶対に途切れさせない」と思っていました。
今は「途切れてもいい。戻ればいい」と思っています。
3日続いて、4日目に休む。
なら、5日目から戻る。
1週間空いた。
なら、8日目から戻る。
1か月止まった。
それでも、今日からまた始めればいい。
人生には、一度退会したら二度と入れない、
そんな厳しい会員規約はありません(笑)
僕が変わったのは「意志」ではなかった
今でも、僕の意志が特別強いとは思いません。
面倒くさい日はあります。
サボりたい日もあります。
「今日はもうええんちゃう?」という僕も、普通に出てきます(笑)
でも昔と違うのは、そんな自分が出てきても、それを「ダメな自分」だと思わなくなったこと。
- 今日は60点
- 明日は80点
- ときには20点
- 0点の日があってもいい。
大切なのは、そこで人生の採点まで0点にしないことです。
100点の三日坊主より、60点の365日
だから僕は今、この言葉を大切にしています。
100点の三日坊主より、60点の365日。
これは「適当にやればいい」という意味ではありません。
むしろ、長く続けるために、完璧を捨てるということです。
一瞬だけ100点を出して燃え尽きるより、60点でも、また明日やる。
そのほうが、一年後には遠くまで行けます。
人生の再起も、同じでした
ホームレス状態から、約2年で経営者として仕事ができるところまで戻りました。
でも僕は、2年間ずっと右肩上がりだったわけではありません。
- 進んだ日もある
- 止まった日もある
- 戻った日もある
- 泣きたくなる日もある
- もう無理なんじゃないかと思ったことだってあります
それでも、また戻った。
振り返ると、僕を再起させた最大の力は「一度も止まらなかったこと」ではありません。
何度止まっても「もう一度始めたこと」だったのだと思います。
継続力とは「戻る力」なのかもしれない
昔の僕は、継続力とは、毎日完璧にやり続ける力だと思っていました。
今は少し違います。
継続力とは「戻る力」なのかもしれません。
- サボっても戻る
- 落ち込んでも戻る
- 失敗しても戻る
- 三日坊主になっても戻る
- 人生そのものが止まっても、また一歩だけ進んでみる
そう考えると、三日坊主の自分を、それほど嫌わなくてよくなりました。
もし今、途中でやめてしまったことがあるなら「続けられなかった自分」を責めなくてもいいと思います。
- 運動
- 勉強
- 読書
- 発信
- 仕事
- そして、人生そのものでも…
今日、もう一度始めればいい。
昨日まで何日休んだかなんて、今日の一歩には関係ありません。
だから僕は「もう遅いかな」と思ったときほど、自分にこう言います。
「続きからじゃなくていい。今日からまた始めよう」
僕は、継続できる人間になったのではありません。
何度止まっても、また戻ってこられる人間になっただけです。
そして、それだけでも、人生はずいぶん変わりました。


