人は文字数ではなく「読む理由」がなくなった瞬間に読むのをやめる
長文だから読まれないというのは、半分ウソです。人は長い文章から離脱するのではなく「続きを読む理由」がなくなった瞬間に離脱します。
文章を添削していると、よく聞かれます。
「長すぎませんか?」
「今の人って長文を読まないですよね?」
「SNSだから短くしたほうがいいですよね?」
たしかに、無駄に長い文章なら、短くしたほうがいい。
これは間違いありません。
でも僕は「長い=読まれない」ではないと思っています。
僕たちは、長いものを普通に見ている
考えてみてください。
面白い映画なら、2時間でも観ます。
好きなYouTubeなら、30分でも観ます。
続きが気になる漫画なら「あと1話だけ……」と言いながら、気づけば深夜1時です(笑)
ネットの記事でも、自分が本当に知りたいことなら、かなり下までスクロールするでしょう。
つまり僕たちは「長いから」という理由だけで、コンテンツを拒否しているわけではありません。
では、何が嫌なのか。
退屈なのが嫌なんです。
300字でも「長い文章」はある
これは文章でも同じです。
300字しかないのに、長く感じる文章があります。
逆に、2000字あるのに、スルスル読んでしまう文章もある。
この違いは、物理的な文字数だけではありません。
僕は、文章には「体感文字数」のようなものがあると思っています。
2000字でも「次は?」が続けば短く感じる。
300字でも「もうわかったよ」となれば長く感じるのです。
読者は文章の途中で、小さな判断を繰り返している
僕は文章を書くとき、読者は最初から「最後まで読もう」と決めているわけではないと考えています。
1行目を読む
↓
そこで「もう1行読む?」と判断する
↓
次の段落を読む
↓
そこでまた「もう少し読む?」と判断する
これを、ずっと繰り返しています。
つまり、書き手が勝ち取らなければいけないのは「最後まで読む」という大きなYESではありません。
「次も読む」という小さなYESの連続なんです。
だから「1行目だけ」強くてもダメ
SNSでは「1行目が重要」とよく言われます。
これは、その通りです。
僕自身も、かなり意識しています。
でも、1行目だけ強烈で、2行目から急に普通になったら、読者は離れます。
映画でいうと、予告編だけものすごく面白くて、本編が始まったら、延々と会議室の説明を聞かされるようなものです(笑)
1行目は、読ませるためのゴールではありません。
「次へ進んでもらう最初の橋」です。
僕が意識するのは「情報」ではなく「未完了」
たとえば、こんな書き出し。
売れる文章には3つのポイントがあります。
1つ目はターゲット設定です。
2つ目はベネフィットです。
3つ目はCTAです。
とてもわかりやすいですよね。
でも、先がある程度見えています。
一方で、こう書くとどうでしょう。
あるLPを添削したとき、文章をほとんど変えずに、たった一つ順番を変えました。
すると、読者の見え方がまったく変わったんです。
変えたのは…
続きを知りたくなりませんか?
なぜか。
情報がまだ完了していないからです。
脳は「終わっていないもの」を気にする
心理学では、完了したことより、途中で中断されたことのほうが記憶に残りやすい現象が知られています。
いわゆる「ツァイガルニク効果」です。
ドラマが「えっ、そこで終わる!?」というところで次回へ続くのも、似た構造です。
文章でも、すべてを一気に説明するのではなく、小さな未完了をつくる。
これだけで「次を読む理由」が生まれます。
ただし、煽るだけでは逆効果
ここで、やりすぎると…
「答えは最後に!」
「驚愕の事実とは!?」
「あなたはまだ知りません!」
みたいになります。
これを毎段落やったら、読者も疲れます(笑)
大切なのは、大げさに煽ることではありません。
自然な疑問を残すこと。
たとえば「僕も以前は、そう思っていました。でも現場では逆でした」
そのように書けば「何が逆だったの?」という興味が生じます。
「そこで、僕は一つだけ変えました」なら「何を変えた?」という興味が生まれる。
これくらいで十分です。
読まれる長文には「問い→答え→次の問い」がある
僕が長文を書くとき、一つの考え方として、こんな流れを意識します。
問い
↓
答え
↓
でも…
↓
新しい問い
↓
答え
↓
具体例
↓
では、どうすれば?
↓
実践
このように、一つ答えを出したら、そこから次の疑問が生まれるようにするわけです。
だから、読者は先へ進めるんです。
小見出しは「整理」だけのためではない
僕が長文で、小見出しをよく入れるのも、読みやすくするだけが理由ではありません。
小見出しには、次の段落を読みたくさせる役割があります。
たとえば「具体例」小見出しより「300字でも『長い文章』はある」という小見出しのほうが、少し読みたくなると思います。
「注意点」という小見出しより「ただし、煽るだけでは逆効果」という小見出しのほうが「どういうこと?」という興味が生じる。
このように、小見出しも、小さなキャッチコピーなんです。
「説明しすぎる」と文章が止まる
真面目な人ほど、文章で全部説明しようとします。
- 誤解されたくない
- ちゃんと伝えたい
- 抜け漏れなく説明したい
気持ちは、すごくわかります。
でも、一つの段落で…
- 背景
- 理由
- 具体例
- 例外
- 注意事項
- 補足
全部入れると、読者の頭の中で「もう十分です」という感情が生じてしまいます。
文章を書くときは「何を足すか」だけでなく「何を次の段落へ送るか」という観点も重要です。
読者の頭の中に「?」を一つ残す
僕なら、段落を書き終えたとき、こんなことを考えます。
「この段落の最後に、読者の頭の中には何が残る?」
「なるほど」で完全終了していたら、そこで離脱しても不思議ではありません。
もちろん、毎回引っ張る必要はありません。
でも、ところどころ…
「じゃあ、どうするの?」
「なぜ?」
「具体的には?」
「宮本はどうした?」
という、小さな「?」を残す。
その「?」が、次の段落への橋になります。
文章は「一本道」ではなく「飛び石」
僕は、長文を、長い一本道だとは考えていません。
川の上に並んだ、飛び石のように考えています。
読者は、最初から向こう岸を見て、一気にジャンプするわけではありません。
まず、目の前の石へ
↓
次の石へ
↓
また次の石へ
だから書き手がやることは、2000字を読ませることではありません。
「次の一段落へ進む理由を置く」
これを繰り返すだけです。
文章を短くする前に「止まる場所」を探す
もし、あなたの長文が読まれていないなら、いきなり半分に削る前に、一度、自分で読んでみてください。
そして「自分なら、どこで読むのをやめるか?」を探す。
- 説明が続きすぎていないか
- 同じことを繰り返していないか
- 抽象論が3段落以上続いていないか
- 結論が全部見えてしまっていないか
- 小見出しが単なる分類になっていないか
そこが、改善ポイントです。
AIにも「短くして」だけではもったいない
生成AIで文章を直すときも「もっと短くして」だけでは、情報量を減らして終わることがあります。
僕なら、こんな視点でも見ます。
「読者が離脱しそうな箇所はどこ?」
「同じ説明が続いている部分は?」
「次を読みたくなる問いが弱い場所は?」
「抽象論が続いている場所に具体例を入れるなら?」
AIを、文字数削減機ではなく、読者の離脱ポイントを探す編集者として使うのです。
「短い文章」と「無駄のない文章」は違う
僕が目指したいのは、短い文章ではありません。
無駄のない文章です。
- 必要なら、長くていい
- 物語が必要なら、書けばいい
- 具体例が必要なら、入れればいい
- 感情が伝わるまで、場面を書けばいい
でも、書き手が言いたいからという理由だけで、読者が必要としていない説明を、延々と書かないようにしています。
1000字でも2000字でも、最後まで読まれる文章へ
長文を書くことを、怖がる必要はありません。
読者は、文字数カウンターを見ながら「1238字か…もう無理」と判断しているわけではありません(笑)
読者が見ているのは、目の前の一文です。
そして、無意識に聞いています。
「で、次は?」
その問いに、文章が答え続けられれば、読者は進みます。
だから「長すぎるかな?」と思ったとき、削る前に一度だけ、別の質問をしてみてください。
「この文章には、最後まで続きを読む理由があるだろうか?」
文章の長さを気にするより、読者の好奇心が、どこで途切れるかを見る。
長文を読ませる技術とは、2000字を読ませる技術ではありません。
「あと一段落だけ」を、最後まで積み重ねる技術です。
あなたの文章には、次の一段落を読みたくなる理由が、いくつ置かれていますか?


