もっと頑張る前に疑ってほしい、努力する「場所」と「順番」の話
努力している人ほど、人生が変わらなくなることがあります。
これは「努力なんて必要ない」という話ではありません。
僕自身、努力は大切だと思っています。
ただ、30年以上、成功哲学や自己啓発を学び、自分でも散々遠回りしてきて分かったことがあります。
それは「努力量」を増やす前に「努力する場所」を疑ったほうがいい、ということです。
真面目な人ほど「努力不足」を疑う
- 人生がうまくいかない
- 仕事で結果が出ない
- 習慣が続かない
- 目標を立てても達成できない
そんなとき、多くの人はこう考えます。
「まだ努力が足りない」
「もっと頑張らないと」
「自分は意志が弱い」
そして、さらに努力する。
僕も、完全にこのタイプでした。
人生がうまくいかないなら…
- もっと本を読む
- もっと勉強する
- もっと働く
- もっと自分を追い込む
僕の中には長い間「努力量を増やせば、問題は解決する」という前提がありました。
でも、車が壊れていたら?
たとえば、東京から大阪まで車で行くとします。
ところが…
- タイヤの空気は抜けている
- エンジンも調子が悪い
- ガソリンもほとんどない
しかもカーナビには、なぜか北海道が設定されている(笑)
この状態で「大阪まで早く行くぞ!」とアクセルを踏み込んだらどうなるでしょう。
頑張れば頑張るほど、目的地から遠ざかる可能性があります。
必要なのは、アクセルを強く踏むことではありません。
一度止まって、車の状態と目的地を確認することです。
人間も、これとよく似ています。
僕は「アクセル」ばかり踏んでいた
33歳で会社が倒産した頃の僕は、まさにこの状態だったと思います。
- 仕事を頑張る
- 成功哲学を学ぶ
- 目標を立てる
- 自分を奮い立たせる
アクセルは、かなり踏んでいました。
それでも人生は、思っていた方向とは逆へ進んでいった。
会社を失い、離婚し、4人の子どもたちと離れ、最後には住む場所まで失いました。
当時の僕は、それでも「まだ努力が足りなかったんだ」と思っていました。
だから、さらにアクセルを踏もうとする。
今なら当時の自分に言えます。
「いや、いったん車を止めろ」と(笑)
問題は「努力」ではなく「順番」だった
ホームレス状態から人生を立て直していく中で、僕は少しずつ考え方を変えていきました。
もっと頑張る前に…
- 身体は整っているか
- 脳は疲れていないか
- 動くためのエネルギーは残っているか
- 心はアクセルとブレーキを同時に踏んでいないか
- そもそも、自分はどこへ向かいたいのか
僕が後に「身・脳・気・心・志」という5つを重視するようになった理由です。
努力できない自分を責める前に
たとえば…
- 睡眠不足で身体が疲れ切っている人が「もっと集中力を高めよう」と努力する
- 脳が情報でパンパンなのに「もっと勉強しなければ」と情報を詰め込む
- 心が傷ついているのに「ポジティブにならなきゃ」と感情を押し殺す
- 人生の方向を見失っているのに「とにかく行動だ!」と走り続ける
これでは、努力そのものが悪いのではなく、努力する場所と順番が違う。
風邪をひいている人に「根性で100メートルダッシュを10本やれ」とは言いませんよね。
でも、人生になると、なぜか僕たちは、それを自分にやってしまいます。
努力には「足し算」と「引き算」がある
昔の僕は、努力とは「何かを足すこと」だと思っていました。
- もっと働く
- もっと学ぶ
- もっと行動する
でも今は、努力には「引き算」もあると思っています。
- ちゃんと寝る
- 余計な情報を減らす
- 無理な予定を手放す
- 付き合う人を見直す
- やらなくていいことをやめる
- 一度立ち止まって、自分の現在地を確認する
一見すると「頑張っていない」ように見えるかもしれません。
でも、次の一歩を正しい方向へ出すために整えることも、立派な努力です。
頑張っているのに変わらない人へ
僕は、努力を否定したいわけではありません。
むしろ逆です。
一生懸命な人の努力だからこそ、ちゃんと報われる場所に使ってほしい。
頑張っても人生が変わらないと、人は自分の能力を疑います。
「自分には才能がない」
「意志が弱い」
「もっと頑張らなければ」
でも、その結論を出すのはまだ早い。
もしかしたら、あなたに足りないのは「努力」ではなく「整えること」なのかもしれません。
だから今日、何か一つうまくいかないことがあったら「どうすれば、もっと頑張れる?」と考える前に、一度だけ問いを変えてみてください。
「私はいま、どこを整えたら、もっと自然に進めるだろう?」
人生を変えるのは、アクセルを踏み続ける勇気だけではありません。
ときには、一度止まって、整えてから走り出す勇気も必要です。


